4月23日に「ロシアからのエネルギー資源の輸入規制による影響と代替エネルギーについて!~食糧危機による新たな紛争も!」のコラムの中で紹介した「天然ガス供給パイプライン」”サハリン2”に関しての報道がされています。経済産業省が公表している「日本におけるサハリン1・2プロジェクトの重要性」について紹介します。電力・ガスの高騰及び猛暑による電力需給が逼迫している状況の中、我々の生活に直結する大きな問題でもありますので現状把握の位置づけでご覧頂ければと思います。
経済産業省は5月末に、夏と冬の電力不足対策に加えて、国内初の都市ガス不足対策の方向をまとめました。都市ガス9社のLNG輸入量約2300万トンのうち約1割がロシア産。家庭のガス消費量は、7~9月の夏に比べ、1~3月の冬は約3倍に増加します。その内容では、電力同様、需給逼迫が軽度の場合は、数値目標のない節ガス要請で対応するが、深刻な状況になった場合は「供給制限や使用制限令の発動」「都市ガス会社による需要抑制」が必要になるとしています。
LNGを使う都市ガス会社は約200社(2022年4月時点)。日本は欧米のようなガスパイプライン網がほとんどなく、各都市ごとにガス管が点在しているため、ガス不足になった場合の対策は各都市ガス会社(約200社)ごとに取り組む必要が出てきます。日本ガス協会が発行した「大規模供給途絶時の対応ガイドライン(2017年)」は災害などの突発事故を想定してつくられているため、「節ガス方法」については新たに作成し、200社に及ぶガス会社全てに浸透させるのは相当な時間を要し、今のうちからその「備え」が重要ですね。
■日本におけるサハリン1・2プロジェクトの重要性
日本は、原油及びLNGの輸入のほぼ全量を海外からの輸入に依存しており、供給源の多角化を進めてきました。特に、原油は91.7%を中東に依存しており、LNGも豪州やマレーシア、カタールといった特定の産ガス国の依存度が高く、エネルギー安定供給の観点から調達先の多角化が急務となっています。
日本の脆弱なエネルギー供給構造の中で、ロシアからの原油及びLNGの輸入は、それぞれ日本の輸入量全体の3.6%、8.8%で、サハリン1・2は、日本にとって重要な供給元となっています。サハリンは、中東を始めとする他の国や地域と比べて、日本との距離が非常に近く、輸送日数やコストを低く抑えられ、マラッカ海峡やホルムズ海峡といったチョークポイントを通過する必要がないため、本来は安全かつ安定供給が可能であると位置づけられていました。
■「サハリン2」「サハリン1」の今後の動向
石油・天然ガスの開発プロジェクト「サハリン2」についてロシアのプーチン大統領は2022年6月30日、事業主体を、政府が新たに設立するロシア企業に変更し、その資産を新会社に無償で譲渡することを命じる大統領令に署名しました。
具体的には、ガスプロムを除く株主が「サハリン2」の事業継続を希望する場合、新会社の設立から1か月以内に出資分に応じた株式の譲渡に同意するかどうかをロシア政府に通知する必要があるとしています。ロシア極東のサハリンで進めてきた「サハリン2」は、総事業費が2兆円を超える大型開発プロジェクトです。
「サハリン2」で生産される年間1000万t産出されるLNGのおよそ6割は日本の電力・ガス会社が長期契約(15~20年程度)で購入しています。これは日本が輸入するLNG全体の1割近くを占めておりLNGの輸入に支障が出れば電力の需給がさらにひっ迫し特に冬の電力供給に深刻な影響を及ぼすおそれがあると指摘しています。
これまでは、コストが安定し、中東産のLNGが運搬で約2週間かかるのに比べ、サハリン2のLNGは約3日で届きメリットが大きかったとのことです。政府と大手商社は、電力やガスの安定供給に不可欠だとして開発プロジェクトから撤退しない方針を示していますが、大統領令を受けて今後どのような対応をとるのか注目されます。
●「サハリン2(サハリンエナジー社)」の出資比率は
・ガスプロム:50% +1株(ロシア最大の政府系ガス会社)
・シェル:27.5%-1株(イギリスの大手石油会社)
・三井物産:12.5%
・三菱商事 : 10%
*シェルは、2022年2月に事業からの撤退を発表
出典:JOGMEC
現時点で約1兆円くらいのコスト増になります。サハリン2から調達が出来なくなくなった場合の影響度は、電力関係では、JERA(東京電力と中部電力の合弁会社)、九州電力、東北電力が全体の約10%、ガス会社では、広島ガスが一番大きく約50%、東邦ガスが約20%、東京ガスが約10%、大阪ガス/西部ガスが10%以下となっています。
現在、中国がLNGを大量購入し始めており(昨年LNG購入量が日本を抜いて世界1位)、中国経済の成長力やコロナ後の経済再開、EU諸国とのガス争奪戦、円安などの影響により益々コスト上昇に陥る可能性があります。
サハリン1は石油を生産し、日本以外に中国、韓国などアジア諸国に輸出しています。日本の原油輸入量のロシア産原油の割合は3.6%でその約4割がサハリン1です。原油輸入量全体の約1.5%にあたります(JOGMEC 2021年による)
●「サハリン1」の権益は
・エクソンモービル : 30% (アメリカの石油メジャー)
・サハリン石油ガス開発 : 30% (経済産業省50%、伊藤忠商事16.29%、丸紅12.35%、石油資源開発15.28%、INPEX(旧国際石油帝石)6.08%)
・ONGC Videsh : 20%(インドの国営石油会社)
・ロスネフチ :20%(ロシアの国営石油会社2社)
*エクソンモービルは、2022年3月に事業からの撤退を発表
★日本の原油・LNG・石炭輸入におけるロシアのシェア(2021年速報値)
資料:財務省貿易統計
しかしながら、ウクライナ情勢により、G7を始めとする欧米各国は、ロシアに対し、エネルギー分野を含む様々な制裁措置を講じ、2022年3月11日のG7首脳声明では、秩序立った形で、世界が持続可能な代替供給のための時間を確保しつつ、ロシアのエネルギーへの依存を削減するため更なる取組を進めていくことで一致しています。一次エネルギー自給率の高い、米国、カナダ、英国は、ロシアからの原油輸入の禁止を決めたほか、LNGや石油製品等についても禁輸を発表しています。フランス、ドイツ、イタリアは、ロシアへのエネルギー依存度が高く、EUとしては、2030年までにロシア産化石燃料からの脱却を目指す計画「REPowerEU」を発表し、自国へのエネルギー安定供給を確保すべく検討を進める発言を
しています。
★G7各国の一次エネルギー自給率とロシアへの依存度
資料:World Economy Balances 2020( 自 給 率 )、BP統 計、EIA Oil Information、
Cedigaz統計、Coal Information(依存度)
国によってエネルギー需給構造が異なるものの、2022年5月8日のG7首脳声明では、ロシアのエネルギーへの依存状態をフェーズアウトし、世界が代替供給を確保するための時間を稼ぎ、日本も、G7首脳声明も踏まえ、ロシア産石油の原則禁輸という措置をとることとしていました。日本は、すぐにロシア産石油を禁輸するのではなく、一定の時間軸の中で代替エネルギーを確保しながら、ロシアのエネルギーへの依存状態から徐々に脱却していくこととしています。
ロシアにおける日本の原油及びLNGプロジェクトであるサハリン1・2については、サハリン1は原油輸入の約9割を中東に依存する日本にとって貴重な中東以外からの原油調達先であり、また、サハリン2は、LNG輸入の約9%を供給し、発電電力量の約3%に相当するなど、日本の電力・ガス供給に不可欠なエネルギー源となっています。
いずれも自国で権益を有し、長期的な資源の引取権が確保されており、また、現状のようなエネルギー価格高騰時は、市場価格よりも安価に調達できることから、エネルギー安全保障上、極めて重要なプロジェクトです。2022年2月28日、シェル(英)がサハリン2からの撤退を表明し、2022年3月2日にはエクソンモービル(米)もサハリン1からの撤退を表明しましたが、仮に、日本がサハリン1・2から撤退し、日本の権益をロシアや第三国が取得する場合、ロシアを逆に利したり、日本のエネルギー安全保障を害することとなり、有効な制裁とならない可能性があります。より具体的には、仮にロシアに権益が渡ることになった場合は、ロシアはより高価格で当該権益からの生産物を第三国や市場で売却することで、より多くの外貨を稼ぐことになります。制裁に参加しない第三国に権益が渡る場合も、同様にロシアを利することになります。
その一方で、日本企業は、足下ではより高い対価で石油や天然ガスを市場から調達せざるを得なくなる、あるいは、代替調達先を確保できなければ、国民生活や経済活動が多大な犠牲を強いられる恐れがあります。こうした、対ロ制裁の実効性及び長期的なエネルギー安定供給確保の観点から、岸田内閣総理大臣はサハリン1・2の権益は維持する方針を示しています。
とりわけLNGの安定供給については、既に電力・ガス会社が2〜3週間程度のLNG在庫を有していますが、今後、様々な不測の事態が発生する可能性もあります。ロシア以外のLNG生産国やスポット市場からの代替調達が世界中で加速していることから、見通しは厳しいものの、事業者間の融通に加えて、電力システム全体での機動的な電力の広域融通に向けて取組が進められています。
日本としては、G7首脳声明に沿って、①再生可能エネルギーや原子力も含めたエネルギー源の多様化、②LNGへの投資等によるロシア以外での供給源の多角化、③主要消費国とも連携した生産国への増産働きかけ等を通じて、ロシアへのエネルギー依存の低減に取り組んでいます。
経済産業省 資源エネルギー庁:令和3年度エネルギーに関する年次報告 (エネルギー白書2022)より抜粋
■天然ガスについて
EUでは天然ガスのおよそ半分をEU地域内で生産し、残りの半分が輸入、パイプラインで送る方法と、超低温で冷却・液化させLNGとしてタンカーやタンクローリで運ぶ方法があり、輸送コストが安いパイプライン供給が8割以上、その半分の40%がロシアからのルートです。日本企業は「サハリン1、サハリン2」のPJに係わっていますが、ロシアは天然ガスをパイプラインでEUやアジア諸国に供給しています。
ノルドストリーム2の規模は約550億立方メートルで石炭火力50基相当、原子力発電所14基の発電所の燃料相当になるとのことです。
*換算値:石炭火力1基当り40億立法メートル、原発1基11億立方メートル、JOGMCによる
・ノルドストリーム :約1400億立方メートル
・ノルドストリーム2 :約550億立方メートル
・トルコストリーム :約300億立方メートル
陸続きの大陸は、パイプで直接、気体の状態で天然ガスを送ることで「LNGにするプロセスで発生する余計なエネルギー」や「輸送コストや燃料」などを大幅に削減でき、環境面でもコスト面でも大きなメリットがあり、各国積極的に導入を促進していた模様です。
米国の天然ガスの生産量は、2020年時点で世界第2位のロシアよりも多く世界第1位。8割が自国内で消費され、2割が輸出。米国が天然ガスの一大生産国になったのは2000年頃に起こったシェールガス革命によるもので、2020年の時点で米国で生産される天然ガスの約8割はシェールガスによるものです。シェールガスは、地下2000m付近でガス成分が含まれている岩石層(シェール層)を探し、そこに砂と化学物質を混ぜた水圧をかけて周囲の岩を破砕してガスを採取する水圧破砕法が実用化され、天然ガスの生産量を飛躍的に伸ばすことができるようになったものです。
★参考
●経済安全保障の観点で見たバブル期~現在までの貿易額推移と米国と中国依存率について
https://me-grande.com/archives/2935
●日本の輸入依存率(エネルギー等、衣、食、住)とサプライチェーンの確立について
https://me-grande.com/archives/2491
●ロシアからのエネルギー資源の輸入規制による影響と代替エネルギーについて!インドネシアもパーム油の禁輸!エネルギー用の油だけでなく食用の油もコスト上昇へ!食糧危機による新たな紛争も!
https://me-grande.com/archives/2212